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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9534号 判決

反訴原告

田中恒

反訴被告

小林運輸有限会社

ほか一名

主文

一  反訴被告らは、連帯して反訴原告に対し、二二七万七六二一円及びこれに対する平成三年七月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を反訴原告の負担とし、その余を反訴被告らの負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告らは、連帯して反訴原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、大型貨物自動車(事故車)が渋滞で停止中の普通貨物自動車に追突し、同車がその前方で停止中の大型貨物自動車(被害車)に、同車がさらにその前方の大型貨物自動車に追突し、被害車の運転者が負傷した事故に関し、右被害者が大型貨物自動車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、所有者である会社に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成三年七月一七日午前一〇時五〇分ころ

(二) 場所 大阪府高槻市南平台一丁目高速道路中央自動車道下り五〇七、一KP付近路上(以下「本件事故現場」ないし「本件道路」という。)

(三) 事故車 反訴被告小林運輸有限会社(以下「被告会社」という。)が所有し、かつ、反訴被告大村順彦(以下「被告大村」という。)が運転していた大型貨物自動車(福岡一一き六〇六二、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 反訴原告(以下「原告」という。)が運転していた大型貨物自動車(京一一か七一七二、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 被告車が、渋滞で停止中の普通貨物自動車(なにわ四四き六二八九、訴外長岡和也運転、以下「長岡車」という。)に追突し、同車がその前方で停止中の原告車に追突し、原告車がさらにその前方で停止中の大型貨物自動車(広島一一う八六三、訴外奥田康博運転、以下「奥田車」という。)に追突した、いわゆる三重玉突き事故

2  治療経過

原告は、本件事故により、平成三年七月一七日から同年九月三〇日まで六地蔵総合病院整形外科及び同脳外科へ通院(実通院日数三四日)し、同月一一日から平成五年三月一七日まで国立京都病院脳神経外科に通院(実通院日数四九日)した。

3  損益相殺

原告は、本件事故により生じた損害に関し、労災保険から、療養補償給付として四二万二六〇五円、休業補償として五〇九万七六八四円、障害補償給付として八九万〇九〇四円、被告らから一三八万五九九〇円の支払いを受けた。

二  争点

1  原告の要治療期間、後遺障害の有無、内容、程度

(一) 原告の主張

原告は、平成五年三月一七日、症状が固定し、左大後頭神経、左第二、第三頸神経域を中心に神経症状が残存した。右後遺障害は、自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)一二級一二号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。

原告は、左後頭痛等が本件事故後継続し、激痛に襲われ、眠れないことがしばしばあり、鎮痛剤の他に精神安定剤、眠剤が投与された。これらの症状は、本件事故により第五・六頸椎の変形が生じたことにより発生したものである。ところが、六地蔵病院では、レントゲン写真の読診断書を誤り、頸椎の異常を見落し、大型トラツクの運転業務に対する理解も十分ではなかつた。このため、当初、頸椎牽引、ローリングベツド療法を行い、原告の症状を悪化させたり、就労を勧めたりしているのである。頸椎の変形は、国立京都病院で検査を受けてようやく発見されたのであり、六地蔵病院の所見は、誤診等に基づくものであり、信頼できない。

原告は、左後頭痛を中心とする神経症状のため、時として激痛に襲われ、不眠を訴えるようになつたのであり、しかも、本件事故による頸椎の変化という客観的所見をともなつているのであるから、前記「局部に頑固な神経症状を残す場合」に該当することは明らかである。

(二) 被告らの主張

原告の症状は、平成三年一〇月三一日に固定し、原告は、医師により、同年九月一三日、就労指示を受け、以後、繰り返し、同指示を受けたが、その都度拒否した。原告は、第五、六頸椎に軽度の変形があるが、加齢変化に基づくものと考えられる。したがつて、原告に後遺障害はない。

2  過失相殺

(被告らの主張)

原告には、シートベルトを着用していなかつたという過失が存在し、このことにより、原告の損害が拡大した。

(原告の主張)

シートベルトを着用しないことと本件事故の発生とは無関係であり、しかも、原告は、数年前の膵臓手術のため、腹部に大きな手術痕があり、シートベルトを着用するとこの傷跡に触れて痛みを伴うため、右着用の義務があるわけではない。

3  その他損害額全般(原告の主張額は、別紙計算書のとおり)

第三争点に対する判断

一  原告の要治療期間、後遺障害の有無、内容、程度、過失相殺、寄与度減額

1  事故態様・責任原因

前記争いのない事実に証拠(乙一七ないし二二、原告)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

被告大村順彦は、被告車を運転し、高速道路である本件道路(制限速度時速八〇キロメートル)の追越車線を時速九五キロメートルの速度で走行中、前方を走行していた長岡車が制動措置を講じたことから、走行車線に車線変更しようと考え、左ドアミラーで走行車線の車両の状況を確認した。しかし、車両が切れ目なく走行していたため、同被告は、車線変更は断念し、前方に視線を戻したところ、長岡車が前方約二二メートルの地点で停止していることに気付き、急制動の措置を講じつつ、ハンドルを右に切つたが及ばず、自車を長岡車に追突させた。その衝撃により、長岡車はその約一・一メートル前方で停止中の原告車に追突し、原告車はさらにその約一・七メートル前方で停止中の奥田車に追突し、原告車、奥田車は、それぞれ追突地点の〇・五メートル、四・四メートル前方で停止した。同事故により、原告車の後面に擦過痕、バンパー曲損等の、同前面にフロントバンパー、キヤビン凹損の破損が生じた。

原告は、本件事故前、シートベルトは装着していなかつたが、右ミラーで被告車が急接近して来たことに気付き、追突されることを覚悟し、前方に視線を移し、身構えていたところ、被告車が長岡車に追突されたことにより、上体が前方に振られ、反動で後方に振られ、その後、奥田車に追突したことにより、上体が前方に振られた。

したがつて、被告大村には、前方不注視の過失があり、民法七〇九条に基づく、同被告会社には、被告車の所有者として、自賠法三条に基づく、損害賠償責任がある。

2  治療経過

証拠(甲五、六、原告)によれば、本件事故後の治療経過につき、次の事実が認められる。

(一) 六地蔵病院での治療経過

原告は、六地蔵病院での初診時、上肢腱反射は正常で、握力は、右四三・五キログラム、左四二・〇キログラムあつたが、頸部筋が緊張し、頸部痛(後屈時)、腰部痛を訴え(平成三年七月一五日)、頸椎、腰椎のレントゲソ検査を受け、頸椎に異常はなく、第五腰椎・第一仙椎間に分離上り症が見られるが、今回の事故により発生したものではなく、以前から存在した病変であるとされ(同月一七日)、頭痛、頸痛、全身の筋肉痛を訴え、ジヤクソンテスト(頭部過伸展圧迫検査、頭をできるだけ背屈して頭を後方に押えつけ、患側の肩・腕・指の疼痛の増強、放散痛を訴えるか否かを検査し、椎間孔部周辺の神経根の刺激、圧迫の存否を判断するテスト)、スパーリングテスト(椎間孔圧迫検査、頭を一則に曲げさせ、頭を押えつけ、上肢の放散痛を訴えるか否かを検査し、椎間孔周辺の神経根の刺激の存否を判断するテスト)をしたところ、頸椎神経根に圧迫・刺激の徴候が微かにみられたが、知覚障害はなく(同月一八日)、頸椎の可動時の痛みは軽減し、可動域はほぼ正常であり、全身の痛みはなくなつたが、左頸部痛があり、後屈時の痛みは増強し、左手指尖部にしびれが生じ(同月二二日)、上肢腱反射、膝蓋腱反射は正常だが、アキレス腱反射は低下し、左手指尖部のしびれ、頸部痛、知覚異常があり、以後、さらに一週間の通院・加療が望ましいと診断された(同月二三日)。

原告は、後頭部痛があるが、後部筋の緊張は著明でなくなり、レントゲン検査を受けたところ、頸椎に不安定性はなく、脊柱管狭窄も認められなかつたので、頸椎牽引、ローリングベツド等のリハビリテーシヨンを開始したが(同月二六日)、症状は、むしろ増悪し、左肩甲部に痛みが生じ、左上肢尺側(小指側)にしびれが生じたため、ローリングベツドは中止し、腰部にマイクロ低周波を実施し(同月二七日)、後頭部左側のしびれ感、起立時の頭のふらつきがあり、腰部はリハビリテーシヨンを受けると楽になるが、頸部はかえつて状態が悪くなり、左眼が飛蚊症のようになつたと訴え(同月二九日)、同病院眼科を受診し、以前から飛蚊症を自覚していたか、本件事故後悪化したと訴えたが、本件事故との因果関係はないと診断され(同月三〇日)、左第二指から第四指にしびれがあり、味覚が鈍感であり(同日)、立ちくらみがしばしば生じ、下肢に冷感が生じ、以後さらに約一週間の通院加療を要すると診断された(同月三一日)。

原告は、左顔面のしびれが続き、話しづらい場合があり、頸椎を後屈させた後、前屈することができないと訴え(同年八月一日)、腰痛は相応に改善したが、顔面皮膚に知覚鈍麻、圧痛があり、しびれがあると訴え(同月五日)、腰部に関しては低周波療法を中止したが、頸部に鈍痛があり、仕事をする自信がないので診断書を作成して欲しいと訴え、訓練を指示された上、以後さらに二週間の休業加療を要すると診断され(同月八日)、それほど強くないが、頸部に倦怠感があり、顔面にしびれがあり、腰痛があると訴え、訓練を指示され(同月一二日)、ジヤクソンテスト、スパーリングテストは正常だが、頸部に鈍痛があり、顔面のしびれが持続しているので、仕事は無理と訴え(同月一九日)、顔面にしびれがあるが、神経根症(頸椎神経根の刺激、麻痺徴候)はなく、訓練を指示され、同月二三日からさらに三週間の休業加療を要すると診断され、以後、リハビリテーシヨンは中止することとし、次週、様子をみて脳外科に照会することとされた(同月二六日)。

原告は、左顔面にむくみ感と軽度の痛み、左後頭部痛、しびれ、軽度の腰痛があるが、脳外科を照会し、特に異常がないなら、就労訓練をし、復職を目指すべきとされ(同年九月二日)、脳外科で受診したところ、三叉神経領域に異常はなく、CTスキヤンでも明確な外傷性変化はないとされ(同月三日)、これまでの治療経過に照らし、歯科、眼科、脳外科、内科、整形外科において、特別な神経学的所見がなく、徐々に身体を動かす量を増やすべきとされ(同月六日)、唾液腺を損傷し、耳鼻科で形成術を受けたことが分り、眩暈、頸部の圧痛、後頭部痛があり、神経ブロツク注射を受けたが、原告は、職場に軽作業がなく、危険で就労ができないと訴え、以後さらに約二週間の休業、加療を要すとの診断を受け(同月一三日)、損害保険リサーチの担当者に対し、医師は、同年八月一八日ころ、軽作業を指示しており、現在は可能と思われると回答し(同年九月二四日)、京都国立病院脳神経外科に受診したところ、神経痛とされ、現在、しびれは消えたが、腰痛は持続していると述べたので、リハビリテーシヨン(頸部、腰部に対する低周波療法)を再開することとし、以後二週間の休業、通院加療を要すとの診断を受けた(同月二七日)。

その後、原告は、リハビリテーシヨンを受けていたが、頸痛、左項部痛があり、リハビリテーシヨンの効果が明確ではなく、神経ブロツク療法を拒否した上、仕事をする自信はないと訴え、以後さらに約二週間の休業加療を要するとの診断を受け(同月一〇月一四日)、同年一一月七日まで通院し、リハビリテーシヨンを受け続けた。

(二) 国立京都病院での治療経過

原告は、国立京都病院で受診し、左後頭部、左手小指側のしびれ感を訴え、左後頭神経痛、頸部捻挫の診断を受け(平成三年九月一一日)、左大後頭神経圧痛、左手栂指側知覚鈍麻を訴え、強度の情緒不安定となつており、不眠症となつており(同年一一月一日)、不眠を訴え、涙を流し、左第三頸椎支配領域、左手小指側の知覚鈍麻があり、抗うつ剤、精神安定剤の投与を受け、第五・六頸椎に軽度の平坦化が見られるが、椎間板腔の狭小化はなく(同月八日)、頭痛、不眠、情緒不安定を訴え、眠剤、精神安定剤、鎮痛剤の投与を受け(同月一八日)、左後頭部痛、不眠を訴え(同月二五日)、左第三頸椎支配領域、知覚低下、不眠があり(同年一二月二日)、大後頭神経圧痛、背屈時の痛みを訴え、神経ブロツク注射を打たれ、抗うつ剤、眠剤、鎮痛剤の投与を受け(同月九日)、後頭部痛は持続しているものの、左手小指側のしびれは軽度化し(同月二〇日)、頭痛、後頭部痛は持続しているものの、不眠は軽減し(同月二七日)、頭痛、左大後頭神経痛、左手小指側の知覚鈍麻があり、鎮痛剤の投与を受け(平成四年一月一〇日)、吐き気を訴え、制吐剤の投与を受け(同月二四日)、頭痛、不眠を訴え(同年二月二八日、)、精神安定剤、眠剤、鎮痛剤の他、中枢性異常行動改善剤の投与を受け(同年三月一三日、同月二七日、同年四月二四日)、一時、頭痛、不眠、イライラ感は軽減したが、倦怠感を訴え(同年六月一九日、七月一五日)、左大後頭神経痛、運動痛を訴え(同年八月一四日)、頭痛、イライラ感、不眠、左第三頸椎神経領域の知覚鈍麻、左大後頭神経痛、頸部運動痛、左栂指側の痛みを訴えたが、受傷以前もあつたと述べ(ただし、右症状のうちのいずれかは必ずしも判然としない。)、眠剤、鎮痛剤、抗うつ剤、中枢性異常行動改善剤の投与を受け(同年九月二八日)、左第三頸椎神経支配領域の知覚鈍麻は軽減したが、頭痛、左大後頭神経痛があり、不眠が増強したと訴え、精神安定剤の他、抗潰瘍剤の投与を受け(同年一〇月一二日)、眼底うつ血頭(脳圧亢進徴候)はなかつたが、左側頭部痛、左後頭神経痛を訴え、酒で眠つていると述べ(同年一一月九日)、頭痛、イライラが軽減していると述べるが、耳鳴りを訴え(同年一一月二五日、一二月九日)、頭痛、耳鳴りが改善し(平成五年二月一日)、しびれもなく(同月二二日)、頭痛、イライラ感、不眠もなく、就業が可能と原告自ら述べ(同年三月八日)、就業意思があり、職業安定所に行くと述べた(同月一七日)。

3  原告の後遺障害の内容・程度に関する医師の意見等

後掲の各証拠によれば、原告の病状、後遺障害の有無・程度に関する医師の意見は、次のとおりであることが認められる。

(一) 平成三年一二月三日付け六地蔵総合病院医師橋本秀輝(以下「橋本医師」という。)の回答書(甲三の2)

「原告は、頸椎捻挫、腰椎捻挫の病名で、頸部・腰部の疼痛及び肩こりを訴えたので、対症的薬物療法、リハビリテーシヨンを施行した。初診時の他覚的所見として、頸部・腰部の膀脊柱筋、僧帽筋に圧痛、運動痛を認めた。X線写真上骨傷は認められないが、第五腰椎の分離すべり症が存在し、腰痛の改善にとつて障害となる可能性がある。しかし、神経学的脱落症状は認められない。最終診察時には、左頸部僧帽筋の圧痛及び左大後頭神経圧痛が高度であつた。

平成三年九月一三日から、就労を指示したが、軽作業はなく、復職は危険であるとの訴えがあり、以後、何度となく就労を指導したが、拒否された。当院での状況、症状から、症状固定時期は、平成三年一〇月三一日と考えられるが、実際には、同年一一月七日まで、休業証明を認めた。」

(二) 平成四年八月一二日付け国立京都病院脳神経外科医師中村昴(以下「中村医師」という。)の回答書(甲四の2)

「平成三年九月一一日から現在まで通院加療中であり、初診時、頸部後頭部重圧感、左後頭痛があり、左尺骨側上肢にしびれ感がある。左後頭部に知覚鈍麻があり、精神不安、不眠を訴えた。X線検査で、第五、第六頸椎軽度変形があり、CTに異常はなく、脳波は正常と境界のはざまにある。頸椎の変形は、加齢変化の可能性もある。左頬部の線状瘢痕があり、三〇年前の外傷のため、左顔面の知覚鈍麻がある。軽度の頸椎変化が現在の頭痛と関係している可能性もある。左顔面の知覚障害は、以前の顔面外傷によると考えられる。頭痛、精神不安も次第に軽快しているが、就労の自信がないとのことなので、未だ強いて就労を勧めていない。」

(三) 平成四年一一月二四日付け中村医師の報告書(乙一の2)

「初診時、自覚症状として、頸部鈍痛、左後頭部しびれ感、精神不安定、左上肢シビレ感があり、他覚症状として、左後頭知覚鈍麻、左大後頭神経圧痛、左後頭知覚過敏等がある。左後頭痛は、初診時以降、むしろ増悪し、最近、精神不安、不眠が顕著となつた。右の他覚的所見は不変である。精神安定剤、眠剤、鎮痛剤を投与している。

現症としては、精神不安、不眠、左後頭痛のため、就労ができず、左大後頭神経圧痛、左後頭部知覚鈍麻、過敏、後部後屈時、頭痛があり、左上肢の知覚鈍麻がある。大型トラツク運転手としての復職は、頸部運動を慎重にすべき状態にあり、見込は不明である。」

(四) 平成五年三月一七日付け中村医師による後遺障害診断書(乙二)

「原告の症状は、平成五年三月一七日に固定し、自覚症状として、左後頭痛は、残存するが、次第に軽快しつつあり、現在、耳鳴、不眠、精神不安は消失しており、他覚症状及び検査結果として、左大後頭神経圧痛、左第二、第三頸神経領域の知覚鈍麻があり、頭部後屈時、軽度の頸痛あり、頸部レントゲン写真で第五、第六頸椎に軽度の扁平化があり、脳波は概ね正常であり、CTスキヤンで異常はなく、症状は軽快、固定しており、本人に就労の意欲が見られる。」

(五) 平成六年六月二一日付け、自動車保険料率算定会近畿地区本部長の回答(甲九)

「初診時、六地蔵病院において頸椎捻挫、腰椎捻挫の病名にて頸部・腰部の疼痛、肩こりを訴え、外来通院にて対症的薬物療法、リハビリテーシヨンを施行し(平成三年一二月三日付け回答)、次院国立京都病院においては、頭痛、精神不安も次第に軽快しているが就労の自信がないとのことで強いて就労を勧めておらず、精神的不安定、不眠が主であり、これも次第に良くなつていると回答され(平成四年八月一二日付け回答)、さらに、平成五年三月一七日付け国立京都病院発行の後遺障害診断書には、左後頭痛は残存するが、次第に軽快しつつあり、現在は耳鳴り、不眠、精神不安は消失しているとされており、左後頭痛は、自訴主体の愁訴と認められ、治療経緯からも、本件事故と因果関係も判然とせず、自訴主体の症状について将来的に残存する自賠責保険上の後遺障害としてとらえることは困難であり、非該当と判断する。」

3  当裁判所の判断

(一) 要治療期間、後遺障害の有無、程度

(1) 以上によれば、原告は、六地蔵病院への通院時、神経学的所見に異常はなく、頸椎捻挫、腰椎捻挫の病名で、頸部・腰部の疼痛及び肩こりを訴えたので、対症的薬物療法、リハビリテーシヨンを受けたこと、同病院での初診時の他覚的所見として、頸部・腰部の膀脊柱筋、僧帽筋に圧痛、運動痛があつたが、X線写真上骨傷は認められないが、第五腰椎の分離すべり症が存在し、腰痛の改善にとつて障害となる可能性があり、最終診察時である平成三年一〇月三一日には、左頸部僧帽筋の圧痛及び左大後頭神経圧痛が高度であつたこと、平成三年九月一三日から、就労を指示したが、軽作業はなく、復職は危険であるとの訴えがあり、以後、何度となく就労を指導されたが、拒否したこと、同病院の医師は、同日、症状が固定したと診断したこと、その後、原告は、平成三年九月一一日以降、国立京都病院に通院したが、初診時、頸部後頭部重圧感、左後頭痛があり、左尺骨側上肢にしびれ感があり、左後頭部に知覚鈍麻があり、精神不安、不眠を訴え続けたこと、X線検査で、第五、第六頸椎軽度変形があつたが、CTに異常はなく、右変形は、加齢変化の可能性もあるとされ、脳波は正常と境界のはざまにあるとされたこと、三〇年前の外傷のため、左顔面の知覚鈍麻があり、軽度の頸椎変化が現在の頭痛と関係している可能性もあるとされたこと、その後、頭痛、精神不安は次第に軽快しているが、自覚症状として、頸部鈍痛、左後頭部しびれ感、精神不安定、左上肢シビレ感があり、他覚症状として、左後頭知覚鈍麻、左大後頭神経圧痛、左後頭知覚過敏等があり、左後頭痛は、初診時以降、むしろ増悪し、次第に、精神不安、不眠が顕著となつたこと、精神安定剤、眠剤、鎮痛剤の投与を受けたこと、精神不安、不眠、左後頭痛のため、就労ができず、左大後頭神経圧痛、左後頭部知覚鈍麻、過敏、後部後屈時、頭痛があり、左上肢の知覚鈍麻があり、大型トラツク運転手としての復職は、頸部運動を慎重にすべき状態にあるとされたこと、不明平成五年三月一七日に固定し、自覚症状として、左後頭痛は、残存するが、次第に軽快しつつあり、現在、耳鳴、不眠、精神不安は消失しており、他覚症状及び検査結果として、左大後頭神経圧痛、左第二、第三頸神経領域の知覚鈍麻かあり、頭部後屈時、軽度の頸痛あり、頸部レントゲン写真で第五、第六頸椎に軽度の扁平化があり、脳波は概ね正常であり、CTスキヤンで異常はなく、症状は軽快、固定しており、本人に就労の意欲もみられるようになつたことが認められる。

したがつて、六地蔵病院において症状固定とされた平成三年一〇月三一日以降も、左後頭痛の増悪、精神不安、不眠の増悪が認められ、それらが次第に軽快して、平成五年三月一七日に症状が固定したと診断されたことが認められるから、原告の症状固定日は同日と解される。

また、その間、原告は、診察時に涙を流す程の強度の後頭部痛、不眠、精神不安にさいなまれ、鎮痛剤、抗うつ剤、精神安定剤の継続投与の他、抗潰瘍剤の投与を受けるなどしていたのであり、前記症状が軽減した平成四年六月一九日までの三三九日間は、労働能力を完全に喪失し、その後症状が固定するまでの二七二日間は、その五〇パーセントを喪失したと認めるのが相当である。

右症状固定時の原告の後遺障害は、自覚症状として、左後頭痛は、残存するが、次第に軽快しつつあり、現在、耳鳴、不眠、精神不安は消失しており、他覚症状及び検査結果として、左大後頭神経圧痛、左第二、第三頸神経領域の知覚鈍麻があり、頭部後屈時、軽度の頸痛あり、頸部レントゲン写真で第五、第六頸椎に軽度の扁平化があり、脳波は概ね正常であるという内容、程度であつたのであるから、局部に神経症状を残すものとして、自賠法施行令二条別表後違障害別等級表一四級に該当し、原告は労働能力を五パーセント喪失し、その状態が右症状固定後三年間継続するものと認めるのが相当である。

(2) 右に関し、原告は、左後頭痛等が継続し、激痛に襲われ、眠れないことがしばしばあり、鎮痛剤の他に精神安定剤、眠剤が投与された、これらの症状は、本件事故により第五・六頸椎の変形が生じたことにより発生したものであり、等級表一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残す場合」に該当すると主張する。

しかし、右頸椎の変形が本件事故によつて生じたことを認めるに足る的確な証拠はなく、かえつて、本件事故直後の頸部痛はさほどのものではなく、頸椎牽引、ローリングベツド等のリハビリテーシヨン施行後に増悪していること(前記第三、一、2、(一))、国立京都病院の中村医師も頸椎変化が加齢変化の可能性もあるとの見解を示していること(同(二))に照らすと、右症状を裏付ける客観的な所見があるとは認め難い。そして、右症状は、症状固定に近付くにつれ、次第に軽快しているのであり(前記第三、一、3、(二)ないし(四))、その他、症状固定時において「頑固な神経症状」が残存したことを認めるに足る証拠はない。したがつて、右原告の主張は採用できない。

他方、被告らは、原告は、医師により、同年九月一三日、就労指示を受け、以後、繰り返し、同指示を受けたが、その都度拒否したのであり、原告の症状は、平成三年一〇月三一日に固定し、後遺障害はないと主張する。しかし、同日以降、国立京都病院において、前記症状の増悪、軽減をみているのは前記(第三、一、2、(二))のとおりであり、後遺障害も残存すると考えられるから(前記第三、一、3)、右主張も採用できない。

(二) 過失相殺及び寄与度減額

(1) 本件は、被告車が長岡車に追突した衝撃により、長岡車が原告車に追突し、原告車がさらに前方の奥田車に追突した事故であつて、同事故により、原告車に後面に擦過痕、バンパー曲損等の、前面にフロントバンパー、キヤビン凹損の破損が生じたというものであるが、右破損の程度はさほどのものではないこと(乙一七の写真番号12ないし14)、原告は、同事故時シートベルトをしておらず、それが症状の拡大につながつた蓋然性が高いと考えられること、ジヤクソンテスト、スパーリングテスト等に異常はなく、反射は概ね正常であり、神経学的所見に異常が認められないこと、第五腰椎・第一仙椎間に本件事故前から存在したとみられる分離上り症が存し、CTスキヤンでも明確な外傷性変化はないこと(前記第三、一、2、(一))、X線検査で第五・第六頸椎に軽度変形があるが、同変形は加齢変化の可能性もあること(前記第三、一、2、(二))、国立京都病院においては、精神的不安定、不眠が主であることなどを考慮すると、本件事故により生じた損害のすべてを被告らに負担させるのは、損害の公平な分担の理念に照らし相当ではないので、過失相殺の類推ないし寄与度減額により、全体として二割五分を減額すべきである。

(2) なお、右に関し、原告は、膵蔵手術のため、腹部に手術痕があり、シートベルトをするとこの傷跡に触れて痛みを伴うから着用義務はないと主張する。しかし、シートベルトを一切着用することができないような手術痕が存在したことを認める的確な証拠はなく、本件事故前、原告が大型トラツクの運転業務を特に支障なく行つていたことを考えると、シートベルトの不着用を前記減額の一斟酌事情として考慮するのが相当であり、右原告の主張は採用できない。

二  損害(算定の概要は、別紙計算書のとおり)

1  治療費・文書料(主張額六四万八二〇五円)

証拠(甲二の2ないし5、七、乙一一の1ないし6、一二の1ないし5、一三の1ないし6)によれば、原告は、本件事故により、治療費として右額を負担したことが認められる。

右額に前記(第二、一、3)労災保険から支払われた治療費(療養補償給付)四二万二六〇五円を加えると、本件事故により生じた治療費は、一〇七万〇八一〇円となる。

2  交通費(主張額一万四五五〇円)

原告(昭和一六年一〇月二五日生)は、本件事故による負傷の治療のため、タクシーの利用を余儀なくされたと主張して、領収証(乙一三の1ないし6)を提出する。しかし、右領収証の日付は、最も早いものでも本件事故から約八か月後の平成四年三月九日であり、遅いものは平成五年六月二日であり、症状固定後のものであつて、本件事故と時期的間隔がありすぎ、右タクシー利用の必要性、相当性を認めるに足るものとはいえないから、右主張は認められない。

3  休業損害(九七二万一四六七円))

証拠(乙三ないし五、原告)によれば、原告は、本件事故前である平成三年四月から同年六月までの三か月間、勤務先である阪神トラツク株式会社から、大型トラツクの運転業務に関し、合計一四六万八五八一円、年額五八七万四三二四円(1468581÷3×12)の給与を得ていたことが認められる。これに平成三年七月、同年一二月の賞与(乙六、七)を加えると、年収は、七〇七万七一〇六円となる。

前記(第三、二、1ないし3)のとおり、原告は、本件事故後、前記症状が軽減した平成四年六月一九日までの三三九日間は、労働能力を完全に喪失し、その後症状が固定するまでの二七二日間は、その五〇パーセントを喪失したと認められる。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式のとおりとなる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

7077106÷365×(1×339÷0.5×272)=9209932

4  後遺障害逸失利益(主張額一一三九万二九七五円)

(一) 前記(第三、二、3)認定のとおり、原告(昭和一六年一〇月二五日生)は、原告は、本件事故前七〇七万七一〇六円の年収を得ていたこと、本件事故が生じた平成三年七月一七日当時四九歳であり、前記(第三、一、3、(一))認定のとおり、平成五年三月一七日、後遺障害を残して症状が固定し(当時五一歳)、労働能力を三年間にわたり五パーセント喪失したことが認められる。

したがつて、ホフマン方式により中間利息を控除し(五年の係数から二年の係数を差し引いた数値)原告の後遺障害逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、次の算式のとおり八八万五六六四円となる。

7077106×0.05×(4.3643-1.8614)=885664

(二) なお、原告は、右喪失が六七歳まで継続することを前提として逸失利益を算定すべきと主張するが、症状が固定に近付くにつれ軽減していることは前記(第三、一、3、(二)ないし(四))のとおりであるので、右主張は採用できない。

5  慰謝料(主張額通院慰謝料一二五万円、後遺障害慰謝料二五〇万円)

本件事故の態様、受傷内容、治療経過、後遺障害の内容・程度、本件に現れた諸事情を考慮すると、通院慰謝料は一二〇万円、後遺障害慰謝料は八〇万円が相当と認める。

三  過失相殺、損害の填補及び弁護士費用

1  右損害につき、前記過失相殺類推及び寄与度減額(第三、一、3、(二))により、二割五分を減額し、また、前記(第二、一、3)のとおり、本件事故により生じた損害に関する既払額である、療養補償給付四二万二六〇五円、休業補償五〇九万七六八四円、障害補償給付八九万〇九〇四円、被告ら自賠責保険分一三八万五九九〇円を控除すると、別紙計算書記載のとおりとなる。

2  本件の事案の内容、本件事故後弁護士を依頼するまでの時間的経過、認容額等一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は二〇万円と認められる。

四  結論

以上の次第で、原告の請求は、別紙計算書のとおり、二二七万七六二一円及びこれに対する本件不法行為の日である平成三年七月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大沼洋一)

計算書

〈省略〉

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